【#推し記事2022】ネット大好き編集者&ライター13名が選んだ20のWeb記事
2022年も残りわずか。今年もたくさんのWeb記事が生まれ、親しまれてきました。皆さんにとっての「今年の1本」は見つかりましたか?
12月13日(火)にノオトがYouTube Liveで無料生配信したイベントでは、インターネット大好きな編集者・ライターが2022年で個人的に好きだったWeb記事を振り返りました。
第1部では登壇者4名が3本ずつ、第2部では登壇者以外の編集者・ライター9名から1本ずつ推し記事を紹介。媒体の垣根を越えた良記事を語り尽くします。
※記事末に、13名が選んだ推し記事とコメントを一覧で記載しております。
目次
- ●1巡目「ネットのインタラクティブ性を思い出させてくれた」
- ●2巡目「NHKは真面目さが滲み出る。そこがいい」
- ●3巡目「鬱屈からの解放を原始的にやり切った」
- ●第2部前半「コンテンツが良ければ、長くても読まれる」
- ●第2部後半「戦争に関する記事は、否応なしに反応の仕方を問われる」
- ●ゲストが選んだ推し記事とコメント一覧
登壇者・プロフィール
■古賀及子(こが・ちかこ)
デイリーポータルZ編集部の編集者・ライター。2019年から毎年このイベントに登壇し、推し記事を声高に紹介する。Twitter:@eatmorecakes
■まいしろ
エンタメ分析家。デイリーポータルZなどで執筆する人気ライター。初書籍『アート筋トレでスリム美体に』絶賛発売中。このイベントを「ライターの紅白歌合戦」と称して初登壇した。Twitter:@_maishilo_
■杉本吏(すぎもと・つかさ)
ねとらぼアンサー創刊編集長。「起きている間はずっとweb記事を読む」の言葉通り、1日に300本のWeb記事を読む。Twitter:@furunoda
■ダ・ヴィンチ・恐山(だ・ゔぃんち・おそれざん)
「オモコロ」副編集長、文筆業。著書に『キリンに雷が落ちてどうする』『ただしい人類滅亡計画』など。これまで登壇していた同編集長の原宿に代わって初参加。Twitter:@d_v_osorezan
■黒木貴啓(くろき・たかひろ)
有限会社ノオト所属の編集者・ライター。イベントのMCを務める。Twitter:@abbey_road9696
「ネットのインタラクティブ性を思い出させてくれた」
黒木:お酒を飲みながら、今年も楽しく推し記事を紹介したいと思います。乾杯の音頭を古賀さんお願いします。
古賀:インターネット愛してる! かんぱ~い!
一同:かんぱ~い!
古賀:私が最初に選んだ記事は『神戸駅前「毒キノコ」大量発生の謎 取材後に体験した「見事なオチ」 』(withnews)です。
古賀:ニュースとSNS、Web記事の現在の状況が可視化できる記事で、推し記事にピッタリ。Web記事って基本的に一次情報ではないんですよね。成立させるためには情緒も必要で。この記事はプロフェッショナルな取材に、個人の思いが並走しているところが良かったです。
杉本:新聞記事にならなかったからWeb記事になったという、逆説的な企画ですよね。
まいしろ:前半でめちゃくちゃ取材をしているからこそ、後半が引き立ちます。一方で、「これだけ取材してボツになるんだ」と恐ろしさも感じますね。
杉本:これをボツにするの、Web記事ではできないですよね。この記事は若手記者奮闘系のフォーマットとも言えるかな、と。どの記事もたいてい、若手記者はデスクに企画を否定されるところから始まるんですよね。リード文に「記者(27)」とわざわざ年齢が書いてあるけど、ベテラン記者が執筆したら「記者(47)」とか入れないだろうなと思います。
杉本:僕の推し記事は、『土井 善晴さん『スヌープ・ドッグのお料理教室』書評』(晶文社note)。
ヒップホップ界の大御所であるスヌープ・ドッグのレシピ本を、土井先生が書評しています。これ、読んだ方はざわつくと思うんですけど……。
恐山:難解なことが書いてあるわけじゃないけど、土井さんが何を伝えているのか、読み解くのが難しい……。
杉本:現代文に出たら受験生を絶望の底に叩きつける迷文ですよね。僕、土井先生が何を言いたいのか、パラグラフごとに要約したんです。
まず、土井先生はスヌープ・ドッグのことを知らなかったし、黒人の音楽文化にも詳しくない。アメリカの、味付けに頼る食文化も好きじゃないと書いている。でも、作りもしないで批判するのはフェアじゃないから、載っているレシピを作って判断しよう。そして出来上がった料理を食べてみたら、思ったよりもジャンキーじゃない。何なら日本人に合ったヘルシーな味じゃないか? と拍子抜けしたーー。
最終パラグラフを読み解いた限りでは、土井先生はスヌープ・ドッグを焚きつけているんだと思うんです。「せっかくのボス・ドッグのレシピ本なら、もっと突き抜けたレシピを載せろ」というメッセージなんじゃないかと。
まいしろ:叱咤激励ですね。
杉本:でも、この解釈が合っているかはわからない。皆さんにぜひ要約してほしいです。
恐山:私の推し記事1本目は、『自動車 工場のガロア体QRコードはどう動くか』(中日新聞)。
恐山:本1冊分くらいの内容を端的にまとめているんですが、インタラクティブ性に優れています。スクロールするとアニメーションがリッチに動くんですよ。
一同:(アニメーションを見ながら)すごーい!
恐山:数学的な概念の部分は黒背景で、暗にわからなかったら読まなくていいというメッセージが伝わってきます。
読んでいると逆に懐かしいというか。90年代後半に「インターネットで新しい表現がもたらされるぞ」と期待したイメージそのもの。当時はCD-ROMで読む物語なんかが販売されてインタラクティブ性を楽しむ文化があったけど、衰退してしまったんですよね。
現在はWordPressの入稿が楽で安定しているけど、こういうこともできるよね、と思い出させてくれました。
古賀:インタラクティブなのに、ノスタルジックですね。
恐山:こういう記事は、エンジニアと一緒に3カ月くらいかけて作らないとできないから、SNSの消費速度と食い違っちゃうんですよね。でもやっぱり読みたいし、作りたい。
※記事公開は2021年12月ですが、話題になったのは2022年5月頃。今回は特別に2022年推し記事として扱いました。
まいしろ:私は、『水難 事故等に関するQ&A(よくある質問)』(岐阜県ホームページ)です。
まいしろ:無機質なサイトでWeb記事なのか? って感じなんですけど、この記事を書いた人の「誰も川で死んでほしくない」という気持ちがすごく伝わってくる。コピペみたいに同じことを書いているけど、ちゃんと言い換えられていて。質問もすごく練られているし、考え抜かれた記事ですね。
杉本:繰り返していることに意味がありますよね。編集がへたに入ると削られてしまう。
まいしろ:外注したら出てこない記事ですよ。当事者として毎日悩んでいるからこそ書けたところがすごくいいです。
黒木:質問15くらいからエンジンがかかってきますよね。
古賀:質問16もいい。死亡フラグ大全集。
まいしろ:ディティールがリアルですよね。
「NHKは真面目さが滲み出る。そこがいい」
古賀:私の推し記事2本目は、『「惰性 でやっている」「ビジョンはない」 30年続くソフトウェア稼業「秀丸」がいまも最前線に立ち続ける理由』(Coral Capital)。俺たちの秀丸ですよ。
杉本:秀丸って、昔のライターがかなりの割合で使っていた優秀なソフトです。
まいしろ:秀丸というソフトは知らなかったんですが、記事を読んだらいい話だなって。こんなにギラギラしていないビジネスインタビューは初めて。
古賀:そもそもはギラギラしていないのが普通で、普段強いものばかり見せられているんだなって気付かされます。
杉本:「キラキラしなくていいんだよ」というのを、著者のNarumiさんが狙って書いたんでしょうね。
杉本:僕の2本目は『新幹線 から見えたすき家でカレーを食べてみる』(デイリーポータルZ)。
起こりえなかったもう一つの人生に、強引に介入するような記事で、まるで小説家の保坂和志さんのエッセイに出てくる一場面みたい。僕にとってのデイリーオールタイムベスト記事『もうひとつの人生ごっこ』と通じるものがあります。
古賀:著者のスズキナオさんが、保坂和志さん好きなんですよ。
Web記事は具象に頼ってしまうところがあるけど、ナオさんは抽象的で感覚的な記事を書いてくるんです。しかもきちっと決めてきて、共感も生まれるからすごいな、と。
恐山:私の2本目は、『ふだん外で使っているものを部屋に持って入るとでかくなって面白い 』(デイリーポータルZ)。
恐山:タイトル以上の発展はないけど、「あ、わかる」って思った。わかるっていうのは、記事の写真で感じたというより、生活に紐づいた記憶がほどけた感覚があって。まさか外にあるものを家に持ってきたタイミングで感じる、「なんかでかいな」という違和感のしっぽをつかむ人が現れるとは。
古賀:同じ機微を捉えるところに、友情を感じるんですよね。
恐山:個人的には、Web記事に「世の中に出てないけど、ありはしたもの」を期待していて、この記事はまさしくそれ。しかも感動したのは、記事で読むとデカさがまったく感じられないところ。
一同:笑う
まいしろ:魚眼レンズを使って撮影しているのに。
恐山:ひょうきんなポーズでなんとかしようとしている。
黒木:ここまで「言い切って書き切る記事」って駆け出しのライターにはなかなかできないですよね。
古賀:むしろ駆け出しにはどんどんやってほしいですね。どんな火傷をするかはわからないけど(笑)。
まいしろ:私の2本目は、『激 シブ!と思った動画があれよあれよと拡散し、NHK和歌山に衝撃が走った話』(NHK広報局)。
まいしろ:NHKだから取材はしっかりしているんですけど、ネットについては慌ただしいというギャップがかわいくて、登場人物も含めて箱推ししています。
古賀:知らんレジェンドがわかっていく過程もツボですよね。
恐山:NHKはポップをやっても、真面目さが滲み出ます。
古賀:ライティングの堅さがいいですよね。
「鬱屈からの解放を原始的にやり切った」
古賀:私の3本目は、『【領収書 が捨てられる】やったー!やったー!やったー!』(オモコロ)。
これなくして今年は終わらないでしょう。「領収書の保管がみんな嫌だった」という鬱屈からの解放を原始的にやり切った!
恐山:(オモコロ編集部内で)みんなでパーッと撒いた紙が、まだ天井のすき間に残っているんですよね。
黒木:裏話はありますか?
恐山:撮影が大変すぎて、川に入った永田さんが風邪をひいたこと。
一同:笑う
恐山:この記事は広告案件で、とにかく「法改正で領収書が捨てられるようになった」と伝えたいというので、じゃあ捨てられることだけ伝えようと。でもそれだと余るね、ということで、じゃあ「捨てられるとうれしいよね。うれしいことも伝えようか」となりました。
黒木:広告案件でこのメソッドは、もうオモコロさんでしかできませんね。
恐山:記事って伝えたいことが一つ伝わればいいのかな、と思っているんです。伝えたいことが一つだけある時はぜひオモコロへ声をかけてほしいですね。
杉本:僕の推し記事3本目は、『まんじゅう 要求BBA死す』(はてな匿名ダイアリー)。
杉本:毎年1本はインターネットでしか読めない文章を基準に選んでいて、今年はこの記事にしました。内容はすごくいい話なんだけど、タイトルの偽善ならぬ偽悪っぷりと、コメント欄では本当にどうでもいい口論が続いていて、「インターネットってこういうもんだったよな」と思い出させてくれます。
ちなみに、昨年の推し記事イベントで紹介した怪文書『矢をバンバン射たくないですか?』、古賀さんも大好きでしたよね。あれと同一人物が書いたらしき記事を(はてな匿名ダイアリーで)見つけたので紹介します。『マジで宿屋に泊まれるゲームがやりたいんだ』と『夜とか早朝にスーツケースを引きてえな』です。
古賀:なんで匿名で書いちゃうんだろう!
杉本:こういうのに文学を感じずにはいられないですね。
恐山:私の最後の推し記事は、『ここはどこかしら~』(美川憲一オフィシャルブログ「しぶとく生きる」)。
恐山:こういうフォーマットって答えがあるはずなのに、ないんです。出発した乗り物が線路から外れて、空中へ放り投げられたような読後感があります。
黒木:次の日の記事にも正解は出ていないんですよね。
杉本:谷川俊太郎作品のようなポエジーを感じる。
まいしろ:現代アートみたい。元気がない時に定期的に読みたくなりそう。
恐山:私、芸能人のブログをきまぐれに読むんですよ。彼らのメディアでの振る舞いには台本があって演出されているのに、ブログからは生々しさを感じることがあって。美川憲一さんはテレビ以外の場所でも、美川さんなんだなと感じさせてくれました。
黒木:以上で第1部を終了します。まいしろさん3本目の推し記事は、第2部冒頭で紹介します。
「コンテンツが良ければ、長くても読まれる」
黒木:第2部では、登壇していない9名の編集者・ライターの推し記事を紹介します。まいしろさんが選んだ3本目の推し記事は、withnews編集長の水野梓さんも推していましたので、一緒に紹介します。
まいしろ:選んだのは、『本 を読んだことがない32歳が初めて「走れメロス」を読む日』(オモコロブロス)。
まいしろ:すべてが最高。Web記事って短く書くセオリーがあるけど、コンテンツが良ければ長くても読まれるんだな、と思いました。あとは、絵が変わらない読書風景というテーマを、みくのしんさんの表情1本で押し切るのもいい。
黒木:水野さんは選んだ理由として「withnewsは記者の興味・関心や好きなこと、半径5メートル以内のモヤモヤを大切にする一方、いかに難しく感じさせないかで試行錯誤している。この記事は、読書経験がないという身近なスタートから、読書の堅いイメージを打ち破るところまで結び付いていて素晴らしい」。
杉本:編集がうまいですよね。
まいしろ:力技でやっているようで、基礎があるからこそ書ける記事なんだろうと思います。最後の感想文がまた良くて……。太宰治とみくのしんさんのクリエイターコラボなんですよね。それに、著者のかまどさんのツッコミが効いています。
古賀:このツッコミって、後からライティングで入れたものですよね?
恐山:普段からこんな感じで話しているので、その場で言っていると思います。
かまどさんはみくのしんさんが大好きで、世界一面白いって確信している。この記事は、その愛で書ききっていますね。掲載したオモコロブロスはかまどさんが編集長なので、編集長肝いり企画として進められて、編集もかなり時間をかけていました。
黒木:次は、オモコロ編集長の原宿さんが選んだ記事『懸垂のできる公園リスト (リンク集)』(個人サイト)。
黒木:サイト自体は2020年12月からあるようですが、今年話題になりました。原宿さんからは「ホームページという形を取らないと刻み込めない情報や情熱がある。拡散を前提としない表現方法に美しさを感じてきたところ。改めて、みんなでテキストサイトを始めたいと思った」と。
杉本:スペックだけ書いてデータベースに特化する美学もあるけど、このホームページでは私見が入るのがいいですよね。
まいしろ:懸垂への愛を感じます。
古賀:ホームページって最初はこういうものでしたよね。ダムとか工場とか。そういうアーカイブ的なコンテンツが今は同人誌に移っていますね。
恐山:情報をため込む系のプラットフォームって、運営側はあまりやりたがらないですよね。情報は流した方が、収益性が高まるから。いまだにこういうのが生き残っているのを見ると、ホームページっていいなって思います。
黒木:次は有限会社ノオトの代表取締役・宮脇淳さんが選んだ推し記事、『芸人・くまだまさしは600回観ている「プリティ・ウーマン」を再び鑑賞できたのか? 生涯ベスト映画も聞いたら意外な結末になった』(映画.com)。昨年杉本さんが選んだ推し記事 の続編です。
黒木:選考理由は、「ライターさんはくまださんと会うのが2回目だと思うけど、受け答えが良くてまるでコントみたい。オチも大爆笑(これはずるい)。興味のなかった映画も、この記事を読んで観てみようと思えた」。
まいしろ:くまださんをリスペクトしていることが伝わった上での掛け合いですよね。
古賀:「同じ映画を400回見ている」とテレビで聞くと瞬発的な可笑しさがあるけど、しっかりインタビューすると興味深さ、味わいの方に傾くんだな、と感じました。
黒木:次は、ライター・嘉島唯さんの推し記事、『アラフォー同人女が20年ぶりにコミケにサークル参加したらほぼ異世界転生だった件』(のみぞう/note)。
選んだ理由は、「コミケに行ったことのない人も共感できる余地を残しつつ、コミケという独特のカルチャーの新鮮さを混ぜたバランス感が最高。コロナ禍のイベント需要が復活したタイミングで、お祭りの高揚感を久しぶりに感じた」。
まいしろ:当時のコミケを知らない世代も理解できるから、どの世代にもウケる記事ですよね。
古賀:それにしてもオタクの皆さんが書く文章は、つくづくうまい。コミケ系もドルオタ系も。
杉本:ジャニーズ系もね。
まいしろ:熱量が落ちないですよね。
杉本:記事冒頭で伏せ字を使っているところが当時のオタクらしくて。時代を反映させた書き方が、示準化石みたいなテキストを生み出していますね。
「戦争に関する記事は、否応なしに反応の仕方を問われる」
黒木:次は、株式会社トーチのさのかずやさん。ローカルとメディアについて常に幅広くアンテナを張って発信されている編集者で、「どこに住んでいても、つくってゆかいに暮らす」を目標に、札幌市と故郷のオホーツクエリアを行き来しながら様々なメディアやコミュニティを企画・運営されています。
選んだのは、『「徳島から米国名門大へ留学する女子学生を気持ちよく応援できない日本に未来はない」という話について 』(FINDERS)。
理由は、「日本とアメリカ、田舎と都市、分断をあおるマーケティング、実践を通した重みある分析が刺さりました」とのことです。
杉本:格差やジェンダー系のいろんな記事を読んでいると、中立なんてないなと思う。良し悪しじゃなくて、「ない」ってことがわかる記事です。
古賀:バズった後にしんどい思いをしてSNSからいなくなる方は多いけれど、忘れ去られてしまうんですよね。こういう記事で改めて語られるのはありがたいです。
まいしろ:テーマの割にカジュアルにまとめられていて、媒体がネットのカルチャーに合わせようとしていることが伝わってきます。
黒木:次はWebライター・記者のもぐもぐさんの推し記事『「今回の戦争でかなりロシア人の友人を失った」安全保障研究者の小泉悠が直面した、大国・ロシアが持つ“違う世界観”』(文春オンライン)。
黒木:もぐもぐさんいわく、「私の中での今年のナンバーワンは小泉悠さん。オタクっぽい細かさと一歩引いた冷静な視線のバランスがすごくよくて好きでした」。
著者の小泉さんは、ごりごりのTwitter民ですよね。
杉本:ネット上の振る舞いって独特で、適切に対応できる人かどうか、見ているとわかってしまうようなところがある。小泉さんももぐもぐさんもそういう意味では信頼感がありますよね。
今年は戦争に関する記事がめちゃくちゃ出ました。これって、2年前のコロナ禍と同じで、「1年を語る上で、それに触れなきゃウソだろ」みたいな部分があって、編集者やライターが否応なしに対応を迫られる問題。どう触れるかは問われますよね。
黒木:次はランドリーボックス代表の西本美沙さんから。『なぜTikTokでアナル日光浴が流行っているのか』(VICE)。
黒木:選んだ理由は「陽が当たらないスポットにこそ光を当てて、トレンドになっていく様もネットならでは。当事者、専門家の意見を入れつつ、最後の見解への着地までが美しい」。
まいしろ:テーマの割に読み味がちゃんとしているんですよね。
杉本:VICEってテーマは“とっぽい”感じなんだけど書き手の実力が正統派ですよね。
黒木:次の推し記事は、ライターの青柳美帆子さんから『おすぎとピーコ「50年ぶり同居で老老介護」の顛末 互いの消息を知らぬ現状』(NEWSポストセブン)。
選考理由は、『冒頭で「えっ!?」、後半でさらに「えっ!?!?」とひっくり返る記事。雑誌からWeb記事になったことで短編小説のような読み心地に。もし歴史の浅い媒体が取材していたら、冒頭発言で誤報していたかもしれない。裏取りに媒体の底力を感じる』だそうです。
恐山:1行目から読まざるを得ない記事。構成が巧みで、おすぎとピーコというコミカルなタレント性が年老いた人間に描き変わったところに空恐ろしさを感じる。
古賀:雑誌からWeb記事に移すとこういうことが起きるんだな、と。
恐山:情報の裏取りに、取材の質の違いを感じさせられます。
黒木:最後はSEO専門家の辻正浩さんの推し記事。辻さんもネットが大好きで、週に200本のWeb記事を読んでいるそう。選んだのは、『Web上に記事が残らない」ことは何が問題なのか』(ITmediaNEWS)。
理由は、「今年は素晴らしいメディアや投稿型サービスの終了が多かった。ただ嘆くのではなく、問題点の整理と意見を記事として出したのがクリエイターとして素晴らしかった」。
杉本:今年は海外に母体がある媒体の日本版が次々閉鎖しました。しかも、更新停止だけじゃなくて、記事が削除されてしまう問題があって。
紙よりデジタルの方が残ると言われてきたけれど実は嘘で、ネット上の資産は思っている以上にふわーっと消えてしまうんですよね。
古賀:我々が想像していたネットの未来と、どうやら違うようだぞ、と。
杉本:せっかくだから恐山さんにお尋ねしたいんですけど、オモコロってコンプラ的にしっかりしていく過程で、初期の完全アウトな記事を消していますよね。
恐山:サイトがリニューアルすると、不思議と消えてしまうんですよね。不思議ですね?
杉本:消す、直すも誠実な姿勢。デイリーポータルZで「記事 『ドライフルーツで果実酒を仕込むとすごい』に関して」を出したときも、丁寧な謝罪と訂正文を公開していてメディアとしての信頼性を感じました。
黒木:ありがとうございました。あっという間でしたが、以上で今年の推し記事を紹介し終えました。登壇者の皆さん、いかがでしたか?
古賀:最近はWeb記事にガラパゴス的な表現を感じることもあるけど、文化としてはかなり柔軟性を帯びてきていると再認識しました。それは誰しもがWeb記事を書けるからこそなんですよね。
まいしろ:自分一人だとWeb記事をどう読めばいいかわからないけど、人の解釈を聞くと「こういう面白がり方もあるのか」と楽しみ方が広がりました。
杉本:毎年同じことを言っているけど、面白い記事があったら、ぜひ感想を発信してほしい。書き手はその一言があるだけで、完全復活できるから。
恐山:SNSは横のつながりが強い分、個人の感じ方や意見が大きな流れに影響されやすい。一方で、ホームページやWeb記事には個人のエゴみたいなものがあって、打たれても響かない気難しさの受け皿となっている。2023年も気難しい記事を読みたいものですね。
* *
2022年はコロナ禍の混乱がややおさまり、イベントも再開の兆しが見えてきました。今年の推し記事では、「伝えたい思い」さえあれば、文章が長くても、媒体に大きな力がなくても、誰かに刺さるんだ! と改めて感じさせられました。
「インターネット愛してる!」の思いを胸に、2023年もWeb記事をたくさん読んで、笑って、また年末にお会いしましょう。
(文:ゆきどっぐ、撮影:阿部夏美/ノオト、編集:阿部夏美・森夏紀・黒木貴啓/ノオト)
ゲストが選んだ推し記事とコメント
※配信中に紹介できなかった推し記事も列記します。
第1部
●古賀及子
・神戸駅前「毒キノコ」大量発生の謎 取材後に体験した「見事なオチ」(withnews/黒田早織)
【コメント】朝日新聞新聞記事として没になるところ、「#記事にできませんでした」のハッシュタグをつけたツイートが伸びたことから顛末がwithnewsに掲載された、1周回ってメタ記事として掲載されたところにいまのニュース(新聞)・SNS・web記事のまさに状況の可視化があった。普通にニュースとしてもむちゃおもしろいんですが、顛末もおもしろい、実体とメタのバランスはウェブ記事のキーだなと思う。
・「惰性でやっている」「ビジョンはない」 30年続くソフトウェア稼業「秀丸」がいまも最前線に立ち続ける理由(Coral Capital/Atsuyoshi Narumi)
【コメント】インターネットは分かりやすくパワーの世界だから、放っておくとどんどん強いものにひきずられてしまう。でも実際は消極的アプローチで長く続けることのほうが、ネットにもビジネスにもそうだし、人間関係にも生活にも普通にあるのだった。俺たちの秀丸を通じて、そういう超然とした継続性にきらめきを見せてくれるインタビューだったと思う。
・【領収書が捨てられる】やったー!やったー!やったー!(オモコロ/オモコロ編集部)
【コメント】「領収書の保管まじしんどいな」という鬱屈した気持ちを皮から髄までやりきって書ききった。世相の鬱屈を描く、私はこれまでそれは文芸や音楽の仕事だと思っていたんですが、ちがうんだ、ウェブ記事こそがそれをやるんだと思わされました。芥川龍之介賞進呈でいいと思います。
●杉本吏
・土井善晴さん『スヌープ・ドッグのお料理教室』書評(晶文社note/土井善晴)
【コメント】土井先生による、一見丁寧なようでいて、実はものすごく屈折した書評。一段落ごとに分解して読解を試みたが、いまだに正しく読めているのか自信がない。国語の試験に出したら、受験生を絶望の底に叩き落としそうな文章。「優れている」からじゃない、「なんかすごい」から推す。
・新幹線から見えたすき家でカレーを食べてみる(デイリーポータルZ/スズキナオ)
【コメント】私にとってのDPZオールタイムべスト記事「もうひとつの人生ごっこ」(https://dailyportalz.jp/kiji/170707200089)に迫り、並ぶようなテーマ。起こり得たはずの別の人生に、隣のルートから強引に介入、干渉、横入りしていくような感動がある。車窓というのは機能なのだな、ということにも気づかされる。
・まんじゅう要求BBA死す(はてな匿名ダイアリー)
【コメント】タイトルがあまりにもインターネット。純度100%のインターネット。話自体は真っ当に良いものなのだが、コメント欄では本当にどうでもいい口論が延々続いているのも含めて、とても清らかに(我々のよく知る)インターネットを体現していた。
●まいしろ
・水難事故等に関するQ&A(よくある質問)(岐阜県HP/河川課)
【コメント】普段記事を書くとき、どうしてもキャッチーさやトレンドを意識してしまうのですが「本当に伝えたいことがあれば、それだけで十分記事として成立する」ということをこのページが教えてくれました。同じ文章をコピペしているように見えて、実は細部を少しずつ変えているところも考え抜かれている感じがして好きです!
・激シブ!と思った動画があれよあれよと拡散し、NHK和歌山に衝撃が走った話(NHK広報局/NHK和歌山・広報担当シバタ)
【コメント】バズった理由が本人達にもわからなかったので、自分たちが投稿したものが何だったのか調査したという斬新な切り口の記事。資料が豊富なNHKだからできる企画だなと思いました。バズった理由がわからなくて慌てるかわいらしさと、その後のスピーディで的確な取材とのギャップもよかったです!
・本を読んだことがない32歳が初めて「走れメロス」を読む日(オモコロ/かまど、みくのしん)
【コメント】ウェブメディアの常識を覆すレベルの長さなのに、全文おもしろくてびっくりしました。「本を読む」という写真映えしにくい企画を、みくのしんさんの表情一本でバッチリ成立させているのもすごい!!オモコロで泣く日が来ると思わなかったです。
●ダ・ヴィンチ・恐山
・自動車工場のガロア体 QRコードはどう動くか(中日新聞)
【コメント】圧倒的な情報量にまず驚くが、なによりそれを伝えるために設計されたインタラクティブな仕掛けが印象に残る。インターネットが普及してきた当初に期待された「記事の新しい形」を彷彿とさせる。結果的に消費スピードの上昇が記事へかける手間を省く方向へと進化し、こういったページは流行らなかったが、ネットでは本来どんな方法だって使えるんだとWordPressでの入稿に慣れきった自分の背筋が伸びた。
・ふだん外で使っているものを部屋に持って入るとでかくなって面白い(デイリーポータルZ /安藤昌教)
【コメント】デイリーポータルZの記事は、タイトルでほとんど完結してしまっているような記事ほど名作が多い気がする。外にある自転車を家の中に持ってくるとでかい。写真のキャプションに「でっか!」と書いてある。タイトルから得られる以上の情報がなんら含まれていない構成に、詰まっていた胸がスッと通るような気持ちよさを感じてしまう。写真だと正直あんまりでかさがよくわからないのもいい。
・ここはどこかしら~(美川憲一オフィシャルブログ「しぶとく生きる」)
【コメント】気が向いたときに芸能人のブログを読んでいる。テレビの台本やカット割りという加工を施されていない芸能人が書いたテキストからは、テレビでは感じられない生々しさのようなものが漂ってくることが多いのだが、美川憲一はブログでも完璧に「美川憲一」であり、目を見張るものがある。「ここはどこかしら~」を読むと、空中に放り投げられたかのような読後感が襲ってくる。
第2部
●水野梓(withnews編集長)
・本を読んだことがない32歳が初めて「走れメロス」を読む日(オモコロ/かまど、みくのしん)
【コメント】withnewsでは、記者の興味関心や好きなこと、半径5m以内のモヤモヤを大切にしてコンテンツをつくっています。また、大事なテーマを届けるとき、一方でいかにハードルを下げるか(難しく感じさせないか)どうかも試行錯誤しています。「走れメロス」の記事は、「読書経験がない」という身近なスタートから、「読書への堅いイメージを打ち破る」という大きなテーマに結びつけていて、「あっぱれ!」と感じたのだと思います。また「走れメロス」を選んだセンスも最高ですよね……そんな二人の才能に嫉妬です!!
●原宿(オモコロ編集長)
・懸垂のできる公園リスト
【コメント】今年始めて存在に気づいた、懸垂ができる公園の場所の情報と、懸垂器の写真が無骨に網羅されている異常なサイト。記事という形ではなく、「ホームページ」という形をとらないと刻み込めない情報や情熱ってあるよなと改めて感じました。最近、拡散を前提としていない表現方法に美しさを感じてきたので、またみんなでテキストサイトを始めたいですね。
●宮脇淳(ノオト代表)
・芸人・くまだまさしは600回観ている「プリティ・ウーマン」を再び鑑賞できたのか? 生涯ベスト映画も聞いたら意外な結末になった(映画.com)
【コメント】続編にスポットを当てました。たぶん、くまださんとライターさんは、会うのが2回目だったと思われるのですが、もう相方じゃん!とツッコみたくなるくらい、受け答えの息がピッタリ。まるでコントを見てるかのような展開です。オチも大爆笑(これはずるい)。 実は私、普段あまり映画を見なくて、公開当時あれだけ話題になった「トップガン マーヴェリック」もスルーしていたのですが、この記事を読んで、アマプラで観ることにしました。単に面白いだけじゃなくて、映画への興味関心を呼び起こしてくれた良記事として、推します!
●嘉島唯(ライター)
・アラフォー同人女が20年ぶりにコミケにサークル参加したらほぼ異世界転生だった件(のみぞう|note/のみぞう)
【コメント】久しぶりにコミケに参加して感じたジェネレーションギャップを、戸惑いながらも熱量たっぷりに綴った一本。コミケに行ったことがない人でも共感できる余地を残しつつ、独特なカルチャーによって醸し出される「新鮮さ」を混ぜたバランス感……最高でした。コロナ禍以降縮小していたイベント需要が復活していたタイミングだったため、祭りの高揚感を久しぶりに感じました。読みながらワクワクした人も多いのではないでしょうか。
▼その他、嘉島さんが好きだった記事
・ウェブライターの葛藤、1文字1円はさらに値崩れ「ウェブは紙の半分の原稿料」「頑張ろうとしても苦しくなる」(弁護士ドットコム/高橋ユキ)
・「やばいよ、やばいよ」モルドバの首相が会いに来た、私に(NHK NEWS WEB/ネットワーク報道部 野田麻里子)
・安倍晋三元総理とは何者だったのだろうか(ヤフーニュース個人/田中良紹)
・【追記あり】女一人、銀座ライオンで呑む(はてな匿名ダイアリー)
・人生29年でいまさら「新世紀エヴァンゲリオン(TVアニメ版)」を見たらラスト2話で絶句した話 ……え?(ねとらぼ/ケンゾー)
●さのかずや(株式会社トーチ代表/企画・事業開発)
・「徳島から米国名門大へ留学する女子学生を気持ちよく応援できない日本に未来はない」という話について(FINDERS/倉本圭造)
【コメント】10年前、自分が書いた「無職の父と、田舎の未来について。」というブログ記事が、当時のTwitterでそこそこバズりました。それから10年、そこそこいろんな経験をして、こういう話は定期的にバズるものだとも知りました。日本とアメリカ、田舎と都市、分断を煽るマーケティング、実践を通した重みある分析がめちゃめちゃ刺さりました。実直に「最後の1歩」と向き合っていきたい。
●もぐもぐ(ライター、たまにブロガー)
・「今回の戦争でかなりロシア人の友人を失った」安全保障研究者の小泉悠が直面した、大国・ロシアが持つ“違う世界観”(文春オンライン/石動竜仁)
【コメント】私の中で今年の人No.1は安全保障研究者の小泉悠さんで、出演しているTV番組や動画、論考やインタビューは追いかけてかなり読んだ。なのでこの記事!という感じではなく、小泉さんの話すことすべて、という感覚なのだが、オタクっぽい細かさと、一歩引いた冷静な視線のバランスがものすごくよくてとても好きでした。時事ネタのはずなので、数ヶ月経った今読んでもおもしろい。
・アイドルのバスツアーに行くオタクになってしまった(二度漬け禁止/ソース)
【コメント】アイドルとオタクの関係は不思議で、外野から見たらお金で一方的につながっているように見えるけど、お互い人間同士だから内側から見たらもっと複雑な関係が、積み重ねてきた時間がある。それは家族でも友達でももちろん恋人でもないのだが、愛ではあるんだよ、と思える殺伐とした2022年を潤す記事。
●西本美沙(ランドリーボックス代表)
・なぜTikTokでアナル日光浴が流行っているのか(vice/Elizabeth McCafferty)
【コメント】いろんなニュースがあったはずなのですが、ふと頭に浮かんだのが「アナル日光浴」でした。陽が当たらないスポットにこそ光を当てて、トレンドになっていく様もネットならではかなと。アナル日光浴は他でも記事になっていましたが、このVICEの記事は絶妙な構成で綴られていて、当事者、専門家の意見を入れつつ、最後の見解への着地までが美しい。何度読んでも最高だなと思ってしまいます。(注:アナル日光浴を推奨しているわけではない)
●青柳美帆子(ライター)
・おすぎとピーコ「50年ぶり同居で老老介護」の顛末 互いの消息を知らぬ現状(NEWSポストセブン/女性セブン2022年5月26日号からの転載)
【コメント】冒頭数行“おすぎはもう死にました”で「えっ!?」と読んでいくと後半の“つまり、おすぎは亡くなっていなかった”で「えっ!?!?」とひっくり返るすごい記事。見開きで読む紙の雑誌からページ分けのあるWeb記事になったことで起こっている、ちょっと反則っぽさもあるが、短編小説のような読み心地に震える。もし歴史の浅い媒体が取材していたら、冒頭発言に飛びついて誤報していたかもしれない。この裏取りが媒体の底力。
●辻正浩(SEO専門家)
・「Web上に記事が残らない」ことは何が問題なのか(ITmediaNEWS/西田宗千佳)
【コメント】今年は素晴らしいメディアや投稿型サービスの終了が非常に多かったように思います。そういう中でただ嘆くだけでなく、その問題点の整理と意見を記事として出されたこちらは、クリエイター側として出来ることをされていて素晴らしいと思いました。今回紹介されているような素晴らしい記事がずっとネットに存在して検索できるように私も自分で出来ることを考えねばと思います。